創業物語


弊社は創業65年以上経ちました。

創業者は、叔父の亀沢登。当初は瓦工場として事業を始めました。

叔父は、大の酒好きで人づき合いもよく、小柄な体格ながら、一日も休まず朝早くから夜遅くまで働いていたので、地元では知らない人がいない、ちょっとした有名人で、誰からも愛されていました。しかし、残念なことに若くしてこの世を去ってしまいました。

その後事業を継いだのが、私の父 亀沢廣吉です。

私の父は、「亀沢瓦工場」の社長として、そして職人の親方として、毎日屋根に上がっていました。
私はそこの長男として生まれました。瓦工場は、川内川のすぐ横にあり、梅雨時ともなると、町内で一番初めに浸水すると言われるくらい近いところにありました。おかげで、1年のうちに何回も浸水しては瓦を洗っている父と母の姿が思い出されます。

父 廣吉は戦後住宅は不足気味であったことから、これからは住宅においても工期が短縮でき、職人の手間が省けスピードアップできる新建材を利用した住宅が建てられるのでは、との事で昭和38年に新建材店を設立昭和48年には、現在の所在地、湧水町宮前に移転し、亀沢建材住器センターを設立しました。

建材店という会社は、社名のとおり建材屋としてのスタートでした。レンガやセメント、合板など材料を工務店さんや職人さんに販売していました。

最初は、タイルなどの建材が売れるため、風呂工事(金剛風呂)報徳無臭トイレを導入し販売施工するという、当時としては難しい技術を必要とする工事を、器用で研究熱心だった父が、一生懸命取り組んだおかげで、他の職人さんからも水まわりの事は、「亀沢建材」に任せれば安心だとの評判を得て、現在の礎を築きました。

そして今私どもの会社は亀沢建材住器センターという建材店の名前だけでなく、リビング亀沢という名前で、トイレやキッチンなどの水まわりをはじめ、壁紙や床板の張替えなどの内装工事や外壁塗装、エクステリアなど多岐にわたり、住まいのリフォーム工事全般を扱うようになりました。

「もっと人と直接触れ合う仕事がしたい」というのがリフォーム店のスタートでした。

「安くていい仕事を真心込めてしていれば、皆様の口コミでなんとかなる」と信じていましたが、現実は厳しいもので、当初はそう上手く行くものではありませんでした。
何せ亀沢といえば金物、建材の販売店というイメージがお客様のなかに出来上がっていたので、いくらリフォーム店ですと言っても、なかなかイメージを払拭することができませんでした。

毎日「どうすればいいのだろう」と考え悩み、「いっそう止めて元の販売店に戻ろうか」と思ったこともありました。しかし、「自分で決めたことだから」と歯をくいしばりました。足を動かさなければどうしようもないと、飛び込み、ポスティングをしてまわったこともあります。

ある時、お客様にやっと見積もりさせていただき有難いことにいい感じで話が進みました。「後で返事するから」と言っていただいたので期待しながら待っていたのですがいっこうに連絡がありません。どきどきしながら訪問してみますと「どこどこのハウスメーカーに頼んでしまった」というお返事だったので、どうしてなのかこれから先の参考のためにお聞かせくださいと尋ねると「やっぱり大手は安心だから」というご意見をいただいた事もありました。

このような事もあり悩んでいる時、私の父をよく知っているというおばあちゃんから「大変だねぇ、お茶でも飲んで行かないね」と温かいお茶を出してもらいました。その優しい心遣いが、私の心にとても響き、「この様な人のために仕事がしたい、役に立ちたい」と思いました。

仕事では、お客様にどう信頼をいただくか、ということや、社内で同僚たちとどうやってうまくやるか、という人間関係が一番難しい所だと思います。

壁はいつでも立ちふさがりますから、我々が壁を乗り越えることが、お客様を幸せにすることになるのです。

私は、リフォームを通して、お客様と一緒になって、思いや夢を実現するお手伝いができたら幸せだと思っております。


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